Life goes on-30代♂の遊びと生活

30代の遊びと健康、夫婦生活をテーマに東北の暮らしを紹介する雑記ブログです。

【特別お題】わたしの自立:自立とは自由を得るための闘いだ

どうもcatsです。

 

「自立」に関して
就職した時か、実家を出た時か、
どこをテーマにするか迷いましたが、

 

今回は僕の人生で最も大きなターニングポイントであった
実家を出た時=大学入学時について書きたいと思います。

 

そして僕にとっての自立は、

入学直後に勃発した国際的問題を解決し、

自由を得たことでしょうか。


入学後に同居していた中国人留学生とモメた話です。

なつかしいなぁ・・・


◇東北から関東へ

僕は1浪の末、東北のシティから関東のシティの
とある大学に入学することになりました。

 

なんとかギリギリ3月の終わりに合格をいただけて、
合格決定から1週間もしないうちの引っ越しという
あわただしいスケジュールだったことを覚えています。

 

2浪も覚悟していたので、一安心でしたね。

 

そして僕の実家は裕福ではなかったので、
大学の寮に入ることになりました。

(賃貸のテーマにそぐわないかもしれません、泣)

 

オープンキャンパスにも行っていなかったですし、
当時ネット環境も充実はしていなかったので、
寮の情報はあまり持っていませんでした。

 

どんなところに住むのやら、
不安いっぱいで現地へ向かっておりました。

 

まさかあんな感じで、
あんなことになろうとは想像もできずに・・・


◇ボロい・・・ボロすぎる・・・(〇〇〇饅頭ではない)

その寮へは母親と車で向かっておりました。

 

築何十年とは聞いていたので、
ぼろいであろうとは思っていましたし、

何より狭い相部屋ということも聞かされていたので、
楽しみな気持ちなど一寸もなく、

まるで刑務所に護送されるが如く、
どんよりと東北道を南下しておりました。

 

母親との会話の内容は一切覚えてません。(笑)

ひとり暮らしで彼女作ってうふふが理想だったので
それと対極な暮らしが待っていると思うと憂鬱でした。

 


いざ、到着するとその衝撃的なたたずまいに圧倒されました。

朽ち果ててボロボロの建物に
各所ツタが巻き付いていて、
ここホントに人住んでるの?状態です。

 

母もあちゃ~、がんばって!みたいな感じで
荷物を置いてさっさと帰っていきました。
薄情すぎるぜ、ママン!(笑)

 

そのあと、担当の先輩や事務員さんの説明で、
僕はまた衝撃を受けることになるのです。

 

◇相部屋は中国人留学生のドン

相部屋とは聞かされていましたが、
相手はもちろん知りません。

 

どんな人だろう、変なやつじゃなきゃいいなと
歳一緒だといいなとか漠然と考えておりましたが、
結果としてはナナメ上な人物でした。

 

cats君の部屋は中国人と一緒だから気を付けてね。
日本語はペラペラだからそのへんは大丈夫だから。
まぁ慣れればなんてことないよ。

とのこと。

 

あとから考えると、この寮には
大学7年生とか8年生とか、
アル中かってほど飲みまくってたり、
1日中ネトゲしてるやつとか、
部屋でネコを飼ってたり、
夜中に爆音でギター弾いたり
クレイジーな方々がたくさんいたので、
割とましな方だったのかもしれません。

 

ちなみにもう時効ですし暴露しますが、
大学に入って最初に教わったことは
ビールの注ぎ方とゲ〇のはき方と
つぶれた時の寝かた・寝かせ方でした。(笑)


さて、実際にその中国人の留学生と会って話してみたら、
なんとも普通の人でした。優しく無害な方。

 

そこから3カ月くらいはなんともなく
6畳1間2段ベッドで特に干渉せずに暮らしておりました。

 

彼はここらの中国人留学生の最年長で
周りから慕われていたらしく、
たまに狭い部屋に5,6人の中国人が遊びに来て
わけのわからん会話をしてた以外はうまくやってました。

 

しかしある時、修復できない歪みが生じ始めたのです。

 

◇部屋に知らないやつが住み始めた

入学から3か月くらい経つと、
最初に住んでた中国人の先輩Aに代わって
別の中国人Bが部屋に住むようになりました。

 

Bが自分の家の家賃を払えなくなったから、
代わりにAがその部屋で暮らし、
Bが家賃の安い寮(月5,000円)に住むということでした。

 

Bのお金が落ち着いたらまた戻るらしく、
僕としてもまぁ害がなければいいや
って感じで受け入れていました。

 

Bは少し若く、たまに僕との暮らしに文句を言ってきましたが、
共同生活ですし、お互いさまだと2人で少しずつ修正はしてました。

 

しかしある時決定的事件が発生したのです。

 

◇彼女ができた

大学生活3か月くらいになると念願の彼女ができました。

 

もちろん汚い寮には連れて行きたくなかったのですが、
Bがいないときを見計らって部屋に入れたりしてました。
(特に禁止されてはいなかった。はず?(笑))

 

そしてある時、最悪なことに、鉢合わせました。
途端に文句を言ってくるB。

 

部外者は入れるなという主旨でしたが
他にも無茶苦茶言われたので、僕も言ってやりました。

 

部外者はお前だろ?文句があんなら事務室に言え。
逆に僕がお前のこと事務に言ってもいいんだぞ?

と、

ああ、言えよ!その代わり早く出ていけ!

 

というBの怒号に苛立ちましたが彼女もいたので部屋を後にし、
彼女を実家へ送って帰りました。


◇それから・・・

その後、いろいろあって
僕は悠々自適な1人部屋生活を手に入れることになりました。

 

相部屋が基本だった寮ではVIP待遇です。

 

彼女との関係も良好でめでたしめでたし。チャンチャン

 

THE EHD

 

 


・・・

 

 

えっ?あれからどうなったかですって?
実はこういうことだったのさ(小芝居)


中国人Bから言われた通り、
僕は事務室にチクリにいきました。
Aの代わりに知らないBが住んでいてもめていると。

 

そしたらなんと、Aは既に退居手続きを済ませており、
Bは無銭居住をしていたことが発覚したのです。

 

ホーリーシッ!やられてた~

てか、寮のセキュリティ甘すぎwww

 

すぐにBは立ち退きを命じられ、

Aの荷物も撤去されました。

 

めでたし めでたし

 

と、いうわけです。

 


「自立」というには難しい・・・
しかし、『自由』を手に入れた闘いでした。


若いっていうのは威勢があっていいですね。
大人になってからでは難しい経験ができます。

 

親の世代から見れば僕らはまだまだ子ども。
今のうちにできることを恐れずに精一杯がんばる。

 

それが将来の糧に繋がっていくのです。←結論

 

以上

 

ではまたー