Life goes on➖生涯あそぶろぐ

生涯の遊びをテーマに、東北のとあるシティから実体験ベースで紹介する雑記ブログです

【特別お題】わたしの自立:自立とは自由を得るための闘いだ

どうもcatsです。

 

 

「自立」に関して
就職した時か、実家を出た時か、
どこをテーマにするか迷いましたが、

 

 

今回は僕の人生で最も大きなターニングポイントであった
実家を出た時=大学入学時について書きたいと思います。

 

 

そして僕にとっての自立は、

入学直後に勃発した国際的問題を解決し、

自由を得たことでしょうか。

 


入学後に同居していた中国人留学生とモメた話です。

なつかしいなぁ・・・

 


◇東北から関東へ

僕は1浪の末、東北のシティから関東のシティの
とある大学に入学することになりました。

 

 

なんとかギリギリ3月の終わりに合格をいただけて、
合格決定から1週間もしないうちの引っ越しという
あわただしいスケジュールだったことを覚えています。

 

 

2浪も覚悟していたので、一安心でしたね。

 

 

そして僕の実家は裕福ではなかったので、
大学の寮に入ることになりました。

(賃貸のテーマにそぐわないかもしれません、泣)

 

 

オープンキャンパスにも行っていなかったですし、
当時ネット環境も充実はしていなかったので、
寮の情報はあまり持っていませんでした。

 

 

どんなところに住むのやら、
不安いっぱいで現地へ向かっておりました。

 

 

まさかあんな感じで、
あんなことになろうとは想像もできずに・・・

 


◇ボロい・・・ボロすぎる・・・(〇〇〇饅頭ではない)

その寮へは母親と車で向かっておりました。

 

築何十年とは聞いていたので、
ぼろいであろうとは思っていましたし、

 

何より狭い相部屋ということも聞かされていたので、
楽しみな気持ちなど一寸もなく、

 

まるで刑務所に護送されるが如く、
どんよりと東北道を南下しておりました。

 

 

母親との会話の内容は一切覚えてません。(笑)

 

ひとり暮らしで彼女作ってうふふが理想だったので
それと対極な暮らしが待っていると思うと憂鬱でした。

 


いざ、到着するとその衝撃的なたたずまいに圧倒されました。

 

朽ち果ててボロボロの建物に
各所ツタが巻き付いていて、
ここホントに人住んでるの?状態です。

 

母もあちゃ~、がんばって!みたいな感じで
荷物を置いてさっさと帰っていきました。
薄情すぎるぜ、ママン!(笑)

 

そのあと、担当の先輩や事務員さんの説明で、
僕はまた衝撃を受けることになるのです。

 

◇相部屋は中国人留学生のドン

 

相部屋とは聞かされていましたが、
相手はもちろん知りません。

 

 

どんな人だろう、変なやつじゃなきゃいいなと
歳一緒だといいなとか漠然と考えておりましたが、
結果としてはナナメ上な人物でした。

 

 

cats君の部屋は中国人と一緒だから気を付けてね。
日本語はペラペラだからそのへんは大丈夫だから。
まぁ慣れればなんてことないよ。

 

とのこと。

 

 

あとから考えると、この寮には
大学7年生とか8年生とか、
1日中ネトゲしてるやつとか、
部屋でネコを飼ってたり、
夜中に爆音でギター弾いたり
クレイジーな方々がたくさんいたので、
割とましな方だったのかもしれません。

 

 

さて、実際にその中国人の留学生と会って話してみたら、
なんとも普通の人でした。優しく無害な方。

 

 

そこから3カ月くらいはなんともなく
6畳1間2段ベッドで特に干渉せずに暮らしておりました。

 

彼はここらの中国人留学生の最年長で
周りから慕われていたらしく、
たまに狭い部屋に5,6人の中国人が遊びに来て
わけのわからん会話をしてた以外はうまくやってました。

 

しかしある時、修復できない歪みが生じ始めたのです。

 

◇部屋に知らないやつが住み始めた

 

入学から3か月くらい経つと、
最初に住んでた中国人の先輩Aに代わって
別の中国人Bが部屋に住むようになりました。

 

 

Bが自分の家の家賃を払えなくなったから、
代わりにAがその部屋で暮らし、
Bが家賃の安い寮(月5,000円)に住むということでした。

 

 

Bのお金が落ち着いたらまた戻るらしく、
僕としてもまぁ害がなければいいや
って感じで受け入れていました。

 

 

Bは少し若く、たまに僕との暮らしに文句を言ってきましたが、
共同生活ですし、お互いさまだと2人で少しずつ修正はしてました。

 

 

しかしある時決定的事件が発生したのです。

 

 

◇彼女ができた

大学生活3か月くらいになると念願の彼女ができました。

 

 

もちろん汚い寮には連れて行きたくなかったのですが、
Bがいないときを見計らって部屋に入れたりしてました。
(特に禁止されてはいなかった。はず?(笑))

 

 

そしてある時、最悪なことに、鉢合わせました。
途端に文句を言ってくるB。

 

 

部外者は入れるなという主旨でしたが
他にも無茶苦茶言われたので、僕も言ってやりました。

 

 

部外者はお前だろ?文句があんなら事務室に言え。
逆に僕がお前のこと事務に言ってもいいんだぞ?

と、

ああ、言えばいい!その代わり早く出ていってくれ!

 

 

というBの怒号に苛立ちましたが彼女もいたので部屋を後にし、
彼女を実家へ送って帰りました。


◇それから・・・

その後、いろいろあって
僕は悠々自適な1人部屋生活を手に入れることになりました。

 

相部屋が基本だった寮ではVIP待遇です。

 

彼女との関係も良好でめでたしめでたし。チャンチャン

 

THE EHD

 

 


・・・

 

 

えっ?あれからどうなったかですって?
実はこういうことだったのさ(小芝居)


中国人Bから言われた通り、
僕は事務室にチクリにいきました。
Aの代わりに知らないBが住んでいてもめていると。

 

そしたらなんと、Aは既に退居手続きを済ませており、
Bは無銭居住をしていたことが発覚したのです。

 

ホーリーシッ!やられてた~

てか、寮のセキュリティ甘すぎwww

 

すぐにBは立ち退きを命じられ、

Aの荷物も撤去されました。

 

めでたし めでたし

 

と、いうわけです。

 


「自立」というには難しい・・・
しかし、『自由』を手に入れた闘いでした。


若いっていうのは威勢があっていいですね。
大人になってからでは難しい経験ができます。

 

親の世代から見れば僕らはまだまだ子ども。
今のうちにできることを恐れずに精一杯がんばる。

 

それが将来の糧に繋がっていくのです。←結論

 

以上

 

ではまたー